「パリで見つけた、自分らしく生きるということ」

• NOTE FROM PARIS

2025.12.04

SPECIAL ISSUE
Brigitte Tanaka デザイナー田中千恵子さん

「パリで見つけた、自分らしく生きるということ」

Text: Miki Suka

小さなころから、どこか“異邦人”のまなざしで世界を見ていました。満員電車の中で「どうして日本人しかいないのだろう」と不思議に感じるような、ちょっと風変わりな子どもだったんです。いつかヨーロッパに暮らすだろう――その漠然とした確信の先に、私はパリを選びました。
パリを選ぶまで
大人になって最初に選んだのはアムステルダム。けれど私には少し穏やかすぎて、もう一つの言葉を身につけるならフランス語がいい、と都市での暮らしを求めパリへ。「パリで暮らす」ということが目的だった私は、フランス人として生きるために小さなルールを自分に課しました。税金を払うこと。日本食レストランでは働かないこと。日本人コミュニティには入らないこと。言葉がわからないまま始まった日々の中で、「これください」とフランス語で言えた瞬間の喜びを、今でも忘れません。
パリでの仕事と出会い
語学学校で勉強を重ね、アクセサリーデザインの仕事を見つけ、再びビザを取り直して戻ったパリで出会ったのが、同い年のブリジット。彼女が手がけるブランド「Miss Bibi」の世界観に惹かれ、共に働くうちに“ものづくり”の喜びを共有するようになり、2017年に「Brigitte Tanaka」を立ち上げました。ふたりの感性が響き合い、オーガンジーバッグをはじめとするアイテムが生まれたのです。
住まいのこと
暮らしは、マレ地区のシェアハウスから始まり、モンマルトル、11区を経て、いまは9区の小さな部屋に落ち着いています。6階のエレベーターなしの“chambre de bonne”。でも6つの窓から公園が見える、光あふれる空間。オスマニアン建築の装飾に囲まれたその部屋は、私にとってパリそのものです。
日々のよろこび
仕事を始めたばかりの頃は、ベルヴィル公園上の見晴らしのいいカフェでよくPCを開きました。いまよく行くのは、料理がおいしくて居心地のいいレストラン「Restaurant Willette Café Troquet」。休日はひとりでアンティークマーケット巡りへ。パリの人は本当にマーケット好きで、私も出店することも。近所のマルシェやセレクト食材店で、季節の野菜、パテ、フロマージュ、ワインを買うのが習慣です。
パレ・ロワイヤルという聖域
ゆっくりしたい日は、パレ・ロワイヤルの庭園へ。ルイ14世が幼少期を過ごした王宮は、オペラ座や日本人街にも近く、ふっと現れる“秘密の花園”のよう。入口が分かりにくい特別感も含めて、私にとってとてもパリらしい場所です。
出会いのアート
2022年から、そのパレ・ロワイヤルの庭園で、毎年「Rencontre au Jardin」というアートプロジェクトを主催しています。畳とビストロチェア、書道とフレンチラップ、オペラと日本武道——日本とフランス、観客と演者、場所と人。それぞれの“出会い”をアートとして紡ぐ試みです。アートのディプロマもない私に、「年に一度、あなたの好きなことをやっていいよ」とパレ・ロワイヤルが芝生の庭を開放してくれたとき、フランスという国の懐の深さを感じました。情熱があれば、想いは必ず伝わる。パリで生きるうえで学んだ、いちばん大切なことです。
パリが教えてくれたこと
パリに暮らす人は人生の達人。笑って、怒って、泣いて、また笑う。年齢も立場も関係なく、誰もが同じテーブルで楽しむ。そんな自由さに、何度も心を動かされます。“おばさん”なんて概念はないし、若い子も年配の人も一緒に踊って騒いで歌っている。

日本では「変わってるね」と言われた私も、パリでは“普通”。周りの人たちがもっと自由で、もっと個性的だから、それが心地いい。パリは、舞台のようにどこも美しく、いつも何かが始まる予感に満ちている街です。この街にいると、自分が何者か分からなくても、詩的な瞬間に心が反応する方へ歩いていけばいい――そう確信できるようになりました。
田中千恵子

Brigitte Tanaka デザイナー

田中千恵子

日本のアパレルブランドで小物の企画デザインを経たのち2008年に渡仏。アクセサリーのデザイナーとして多数のフランス企業と働いたのち、2017にBRIGITTE TANAKAを立ち上げる。パリの1区に店舗を展開。2022年よりRencontre au Jardinというアートパフォーミングイベントも企画主催。

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