1973年創業のメルローズは昨年、50周年の節目を迎えた。アニバーサリーイヤーの昨年から今年にかけては、記念商品やコラボレーションが目白押しだ。そして日本の服飾史に名を刻む偉大な足跡をベースに、次の時代に飛躍するための新しい企業理念「M・V・P」を策定した。M・V・Pを軸に、51年目からのメルローズはどんな企業を目指すのか。メルローズ・東秀行社長にその想いを聞いた。
WWDJAPAN(以下、WWD):50周年を機に策定した企業理念「M・V・P」にはどんな思いを込めたのか。
東秀行社長(以下、東):服は着る人のためにある。お客さまにワクワクとドキドキを届ける――。当社には脈々と引き継がれてきた考え方がある。50周年を機に、それらを改めて言語化した3つの柱がM・V・Pだ。MISSION(ミッション)、VALUE(バリュー)、PRIDE(プライド)の頭文字から名付けた。言語化することで、迷ったらいつでも立ち返る行動規範としていきたい。5年先、10年先、50年先まで見据えて作った。私たちは創業以来、ゼロからイチを作るイノベーションを愚直に重ねてきた。それを表現した旗印だ。
WWD:M・V・Pの頭であるMISSION(使命)は「未来をつくる挑戦と創造」と定義している。
東:議論を始めたのはコロナ禍だった。大変な時期だったからこそ、ファッション企業に何ができるか、根本から考えることができた。導き出されたのは挑戦と創造という言葉。当たり前だけど、挑戦しないと何かを創造することはできない。失敗を重ねることがイノベーションに近づく唯一の方法であり、イノベーションがなければお客さまからの共感を得られない。挑戦と創造を止めたとき、企業は魅力を失う。メルローズが50年も支持されてきたのは、常に新しい挑戦を続けたからだ。
WWD:中央に置くVALUE(価値)には「真のもの作り精神」「真価のある商品」「真のサービス」「真の感動」といった言葉が並ぶ。
東:2年前に社長に就いたとき、働くわれわれが自分たちの価値をきちんと認識していない気がしていた。メルローズはゼロからイチを生み出している。デザイナーが自分の発想でデザイン画を描き、パタンナーが美しいシルエットと快適な着心地を作り出す型紙を作り、生産担当が最良のサプライチェーン(供給網)を構築し、営業が最適なマーケティングをし、店頭では販売員が最高のホスピタリティーで接客する。例えば10万円のワンピースがあるとして、当社の商品は同じ価格帯のどのブランドよりもレベル高いと私は自負している。その価値を正確に認識した上で、自信をもってお客さまに伝えるべきだ。
レベル高いと私は自負している。その価値を正確に認識した上で、自信をもってお客さまに伝えるべきだ。
WWD:最後のPRIDE(プライド)もその延長にある。
東:真面目に積み重ねてきたことに一人一人が誇りを持つべきだ。ゼロからイチを作る。ブランドと商品にしっかりしたストーリーを構築する。五感に訴える店舗空間で最高のおもてなしをする。当たり前に思われる方もいるかもしれないが、実際は当たり前を妥協せずに継続するのは易しくない。
皆で考えたからこそ、血の通った行動指針になる
WWD:50周年の歩みを振り返るとともに、M・V・P策定は会社全体で未来を考える機会になったのか。
東:M・V・P策定は私のトップダウンではなく、現場の社員たちと何度も議論を重ねるプロセスを重視した。自分たちで練り上げた理念だからこそ、腹落ちするし、血の通った行動指針になる。若い社員はメルローズがどんな歴史を紡いできたのか案外知らない。古い資料をあさり、OBやOGのインタビューを通して、イノベーションの大切さがよく理解できたと思う。若手社員から「昔はかなり振り切っていたんですね」といった声も聞かれた。刺激になったはずだ。
若手には小さなことでも構わないので、失敗を恐れずに新しいことに挑んでもらいたい。誰でも失敗は怖い。これだと見込んだ新商品やプロモーションが外れることは多々あるだろう。私も過去にたくさん失敗してきたし、今でもする。でも目標を持ってトライした上での失敗は、敗因をしっかり検証すれば次への糧になる。
時を超えて、個性とクリエイションを追求
WWD:「ピンクハウス」「マルティニーク」「コンバース トウキョウ」「ティアラ」など個性のはっきりしたブランド・業態が持ち味だ。
東:昔からブランドごとに個性を際立たせることをかなり意識してきた。簡単なようで難しい。長く続けるとマーケットの売れ筋に流されて、他と同質化しがちだ。ブランドは埋没し、お客さまも離れる。個性とクリエイションを追求するのが当社のDNAであって、それができなければメルローズではないとさえ思っている。シーズンごとの商品企画会議でもその都度、ブランドの軸を確認し合っている。もちろん時々の流行も取り入れるが、あくまでブランドのフィルターを通しての表現であることが大切だ。当社のモノ作りは愚直だけどレベルが高い。デザイナー、パタンナーを含めて社内にしっかりした体制があるし、良い服を追求していこうという気概がある。だから本当に服を作りたい人が集まる。
WWD:今、けん引するブランド・業態は何か。
東:数字的には「ピンクハウス」と「コンバース トウキョウ」が引っ張ってくれている。国内のお客さまはもちろん、最近はインバウンド(訪日客)のお客さまの購買も増えている。両ブランドに共通するのは発信数が多いこと。ユニークな新商品や話題性のあるコラボレーションなど、常に新しい話題を生み、既存顧客の満足度を高め、新しい顧客も呼び込む。
WWD:「ピンクハウス」は22年に50周年を迎え、昨年秋には表参道に旗艦店を開いた。
東:表参道の旗艦店はまさに発信基地になっている。ファッションディレクター山口壮大さん監修による新ライン「ピンクハウス ポッシュ」の反響が良い。「ピンクハウス」の古着をゲストクリエイターと一緒に再解釈して、アップサイクルした一点物の商品が人気だ。インフルエンサーやアーティストとも協業している。サステナブルであるのと同時に、ビンテージとしての価値もある。最近は若いお客さまも多い。聞けば、古着店で手に取ってファンになったという女性が多い。10年前、20年前の古着が今でも良好なコンディションなのも、モノ作りにこだわってきたから。年月がたっても価値が色あせない。最近は「母がファンだった」だけでなく「祖母がファンだった」という若い女性までいる。三世代に時を超えて愛されるメルローズの偉大な財産であり、われわれの誇りだ。
夢はたくさん、グローバル市場にも挑む
WWD:消費者との接点である店舗やEC(ネット通販)をどう強化していくか。
東:今のところ売り上げ構成は店舗8割、EC2割。生活にデジタルが浸透する時代だからこそ、リアルの店舗をアップデートする必要がある。品ぞろえや空間設計はもちろん、一期一会のおもてなしをどれだけ提供できるか。お客さまにファッションの楽しさを伝えるようなコミュニケーションを重ねる。胸に響くような接客を追求していきたい。18年に代官山に開店したショールーミングストア「サードマガジン」は、完全予約制のパーソナルスタイリングがお客さまの高い満足につながっており、リピーターが多い。一期一会の精神を大切にしながらも、時代に合わせて新しい販売手法にもチャレンジしていく。
WWD:この先、どんな企業を目指すのか。
東:夢はたくさんある。現時点で言えること、言えないことがあるけれど、大きくはグローバル市場に挑戦したい。現状、中国、香港、台湾で「ピンクハウス」の卸売りが始まったくらいで、展開は限られている。でも「ドメル」「プレインピープル」「カレンテージ」なども欧州で試してみたい。当社は個性的なブランド・業態をたくさん持っている。さいわい、インバウンドのお客さまの反応も良い。ポテンシャルは大きいと考えている。イノベーションを唱えるだけでなく、夢のあるプロジェクトを提示しないと社員のモチベーションは上がらない。グローバル市場開拓は、夢で終わらせるつもりはない。5年後、10年後のメルローズのあるべき姿から逆算し、具体的に準備を進めているところだ。