「優しさを纏う。装いの先にあるエレガンス」

• WHAT IS AN ELEGANCE

2026.02.26

スタイリスト/ファッションエディター
大草直子さん【1/3章】

「優しさを纏う。装いの先にあるエレガンス」

Text: MIKI SUKA, Photographer: MINORU KABURAGI

出版社勤務を経て、スタイリスト/ファッションエディターとして独立してから、30年。大草直子さんは、ファッション誌のスタイリングやエディトリアルという枠を軽やかに越え、ブランドプロデュースやコラボレーション、さらには自身が立ち上げたメディア「AMARC」の運営など、常に時代とともに歩みを進めてきた。どんな場面でも手に取るように伝わってくるのは、ファッションへの尽きない情熱。その一方で、人を包み込むような屈託のない笑顔が、自然と周囲を惹きつける。30周年という節目の今、大草直子さんが見つめる、「装うこと」のその先にあるエレガンスを紐解く。
30年目の現在地は、
自分史上マックス
現在地は、自分史上マックス。キャリアをスタートさせて30年。今年は、大草直子さんにとってメモリアルイヤーだ。20〜30代の頃は、好奇心の赴くまま、夢や目標に向かって一直線に進んでいたという。

「当時は、完全に自分中心の視点でした。でも次第に、まわりから求められるようになり、応えることが増えてきて。今は、最後のフェーズに差しかかっているような感覚があります。自分なりの社会的意義や、人の役に立つとはどういうことなのか。生きている意味を模索するタイミングなのだと思っています」
ブランドとのコラボレーション、オリジナル商品のポップアップ、オンラインサロン、そして2019年に立ち上げたメディア「AMARC」。SNSを通じて、世代を超えた女性たちからファッションアイコンとして支持を集めてきた。いま大草さんは、自らを俯瞰しながら、確かに「分岐点」に立っていることを実感している。

美意識を共有する、
その先の世界観。
「これまで『AMARC』では、自分の美意識を軸に表現してきましたが、今年はもっと世界を広げていきたい。その中で注目しているのが、日本のスタイリストたちです」
コンサバティブからモードな誌面、女優や舞台衣装まで。日本のスタイリストたちの仕事に宿る、繊細さと季節感、細部への眼差しに、大草さんは強く心を動かされてきた。
「四季の移ろいを感じさせるようなスタイリングに、胸を打たれる瞬間があるんです。そんな方たちの手を借りながら、世界をさらに広げていけたらと夢見ています」

自身もファッションエディターとして、長く雑誌づくりの現場に立ってきた。20〜30代の頃、身近にいたファッション誌の編集長の姿は、大草さんにとって「エレガンス」の原点となっている。
エレガンスの原点を教わった、
大切な人。
「『Grazia』の編集長だった、故・温井明子さんは、私にとってエレガントそのもの。カシミヤのタイトスカートに、肌がほのかに透ける上質なストッキング。見た目は完璧に洗練されているのに、キャッキャとはしゃぐ可愛らしさや、お酒を楽しむおおらかさもあって。厳しさの奥に、必ず本当の優しさがありました」

10年前、52歳でこの世を去った温井さん。その年齢に自分が追いついた1年は、大草さんにとって特別な時間だったという。華やかなファッションの世界に身を置きながら、大切な出会いを重ねることで大草さんが見出してきた「真のエレガンス」。それは、装いの豪華さではなく、内面に宿る素直さや優しさだった。

「エレガントやラグジュアリーって、日本語にすると“優雅”や“優美”。どちらにも“優しい”という字が入っていますよね。私が彼女にエレガンスを感じたのも、人としての優しさがあったからだと思うんです」
スタイリング哲学と、
デニムという存在。
その価値観は、スタイリングにも色濃く表れている。強く見える人の繊細さ、内気に見える人の秘めた情熱。モデルたちの内面を探りながら、即興でライブのようだったという当時の撮影現場で、大草さんは「見た目の奥にあるもの」を引き出すことを追求してきた。そんな日々の中で、忘れられない言葉とともに記憶に残っているアイテムがある。それが、デニムだ。

「『Grazia』で、デニムを最初に誌面に出したのは、たぶん私。そのことを、とても褒めていただいたのが、今でも心に残っています。30代は仕事も忙しく、子どももまだ小さくて。毎日のようにはいていたデニムに安心感を感じていました。デニムには、はいた数もスタイリングした数も負けない程の、パワーアイテムです」

今回のマルティニークとのコラボレーションでも、選んだのはデニム。ストレートのシルエットに、裾だけに控えめなカーブを描くブーツカット。脚のラインの美しさを何よりも意識し、「美脚デニム」と名付けた自信作だ。
「デニムをまとうと、自信が湧いてくるんです。忙しくておしゃれに時間をかけられない人や、ファッションに自信をなくしてしまった人、デニムから離れていた人にも、はいた瞬間に“キマる”感覚を届けたかった」
ひとさじのフレンドリー感を、
装いに。
大草さんがエレガンスの中に見出してきた「優しさ」は、このデニムにも投影されている。「例えば、金糸を織り込んだツイードのセットアップは完璧だけれど、時に相手に緊張感を与えることもありますが、デニムにはそれがない。デニムに宿るのは、ひとさじのフレンドリー感。“あなたを信頼しています”と、さりげなく伝えてくれるアイテムだと思うんです」

上質なカシミヤニットやスーツジャケットに合わせることで生まれる、ほどよい親密さ。デニムは、人の輪の中へ自然に入り、声をかけやすくしてくれる存在だという。厚手のデニムシャツには、くるみボタンとビッグポケットを配し、シャツとしても、ジャケットとしても着こなせる一着に仕上がった。セットアップで着ればモダンに、インナーにレースやチュールを忍ばせれば、繊細な女性らしさが立ち上がる。

装いを通して伝えたいのは、強さではなく、優しさ。大草直子さんが30年かけて辿り着いたエレガンスは、今もなお、しなやかに更新され続けている。
大草直子

スタイリスト、ファッションエディター

大草直子

東京都出身。大学卒業後、婦人画報社(現・ハースト婦人画報社)に入社。雑誌編集に携わった後、ファッションエディター・スタイリストとして独立。幅広いメディアで活躍し、トークイベントや執筆業でも人気を集める。2019年にはメディア「AMARC」を立ち上げる。

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